夏休みが終わり、しばらくの間静まり返っていた校舎に、また子どもたちの元気な声が響き始めました。本当にことさら暑い夏休みでしたが、皆様どのような日々を過ごされましたでしょうか。子どもたちも暑さに負けず、何か一つでもやり遂げることができた、或いはこれからの成長の糧となるような心に残る出来事が一つでもあった、そんな夏休みを過ごすことができたなら、2学期以降の生活に、そしてこれからの人生に、また生きて働く力になると思います。
私の子どもの頃は、夏休みといえばセミ捕り、これが日々のメインイベントでありました。1日2回、朝夕に定期的に出かけるのです。場所は、家から山に向かって5分も歩くと、某大手商社の社長さんの家であるしゃれた洋館に突き当たり、その横の広大な林が私のテリトリ―でした。ただしもちろんそこは私有地なので、誰でも勝手に入ることはできないのですが、私はその広大な庭を管理されている方の息子さんと友人であったがために、難なく入ることができました。
その頃のセミといえば、ほとんどが地味なアブラゼミで、たまに羽が透明のクマゼミやミンミンゼミがいると、動きの鈍いアブラゼミと違い、俊敏に逃げてしまうこれらのセミを捕るにはどうすればいいかを、ああでもない、こうでもないと真剣に考えたものでした。地球温暖化がその原因だといわれる、今のクマゼミがどこにでも掃いて捨てるほどいる状況とは全く違った光景が目の前には広がっていたのです。それだけに、首尾よくそれらのセミを捕ることができたときの喜びは、まるで宝物を手に入れたほど嬉しかったのを今でもありありと覚えています。特別に、どこか旅行などには全く連れて行ってはもらえなかった時代でしたが、このセミ捕りのお陰で、私の夏休みは本当に楽しい日々でした。
その著書「バカの壁」で有名な解剖学者の養老孟司さんが、セミ捕りを含む虫捕りについてこのように書いていらっしゃいます。
「まず言いたい。虫捕りは子育てに必要です。何がいいって、外に行って感覚を全て開くこと。現代の生活は気温も照明もコントロールされて変化がないから『微妙な違い』をとらえる感覚が鈍る。子どもが世界を『違い』でとらえる感覚は、大人よりはるかに鋭い。(中略)最初に豊かな感覚を与えられなかった子どもは、生涯精神が貧しい。(中略)外の世界から感覚を入力し、それをもとに脳が計算をして体を動かし出力する。また新しく入力する。脳を育てるにはこの循環しかない。これを全て訓練するのが昆虫採集。虫捕りは、学習の基本なのです。」
私の場合、セミ捕りのお陰で脳が育ったかどうかは、はなはだ自信がありません。しかし、セミ捕りのハラハラ、ドキドキ、ワクワク感は、私の中に確かな感覚として今でもしっかりと残っています。今年の暑さの中では、虫捕りもそう簡単ではなかったかも分かりませんが、養老氏のおっしゃるようなことが、教育活動の中でも何らかの形で実施できないか、今後の課題として考えたいと思います。
校長 東向信明
1・18に配布させていただきました、保護者向けの学校評価アンケートにたくさんのご回答ありがとうございました。
集計結果ができましたのでHPにて公開させていただきます。